七福神

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【七福神】毘沙門天を始めとするそれぞれの役割や名前、由来を詳しく解説!


こんにちは、管理人の凛です。

皆さんは七福神というと初めに誰を思い浮かべるでしょうか。やはり釣り竿と鯛を持っている恵比寿でしょうか、それとも武将姿の毘沙門天でしょうか。
恵比寿は商売繁盛を、毘沙門天は合格祈願など出世運を司っていると言われていますね。それでは、その他の5人の神々にはどんなご利益があるのでしょうか。

今回は、そんな七人の神々、七福神のその役割や名前、由来について解説します。

諸説ある七福神の起源

七福神
七福神とは、

  • 毘沙門天(ビシャモンテン)
  • 大黒天(ダイコクテン)
  • 弁財天(ベンザイテン)
  • 恵比寿(エビス)
  • 寿老人(ジュロウジン)
  • 福禄寿(フクロクジュ)
  • 布袋尊(ホテイソン)

の七人の神々を指します。実は、彼らは日本や中国、インドというように、出自も違えば、起源も異なります。この生まれが異なる神々同士が一括りにされた由来としては、諸説があるのです。

徳川家康公の側近によって生まれたとされる説

通説では、七福神は、江戸幕府の徳川家康公の時代に実在した僧侶、天海大僧正によって示されたものであると言われています。

天海大僧正は、徳川家康公に親しく、幕府の宗教行政を取り仕切っていた人物でした。ある時、家康公が「国を豊かにし、家を繁栄させるためにはどうしたらよいか」と大僧正に質問すると、大僧正は「新訳仁王経(正式名称:仁王護国般若波羅蜜多経)」より「七難即滅、七福即生」という言葉を引用したと言います。

つまり、7つの難(七難)を消滅させられれば、7つの福(七福)が訪れ、国を治める事が出来る言うのです。七難とは「日食など太陽や月の異変」「星の異変」「火災」「洪水」「大嵐」「日照」「国外からの侵略者」の7つの難の事を指しています。

一方、七福とは「有福」「威光」「愛敬」「清廉」「大量」「寿命」「人望」を指します。大僧正がそれぞれの福に対応する神々の名を書き示すと、気を良くした家康公がこの絵を狩野探幽に描かせました。これがお馴染みの七福神の始まりであるとされています。

中国史の七賢人のオマージュだったという説

実は徳川家康公の時代以前の室町時代にも既に七福神が描かれており、それが起源であるとする説も存在しています。その時の七福神のメンバーは、現在の七福神と若干異なっています。

室町時代の七福神とは、中国の歴史書にも登場する「竹林の七賢人」です。竹林の七賢人とは、戦乱の世を逃れ、竹林に集まって、文学や音楽、詩や酒を好んで世を憂い、隠遁生活を送った7人の事。
室町時代の京都に瓊春(けいしゅん)という一人の僧がいて、彼が竹林の七賢人を模して「大国主命、蛭子命、天鈿女命、毘沙門天、福禄寿、寿老人、布袋尊」を一軸に書き出したと言われています。

この時の七福神には大黒天と弁財天がおらず、代わりに「大国主命(オオクニヌシノミコト)」と「天鈿女命(アメノウズメ)」が入っているのです。現在では、七福神は不動の存在ではありますが、室町時代から現在に至るまでに度々メンバーが変わっていったそうです。

各七福神の起源や役割について解説

ここから、毘沙門天を始めとする各七福神の役割や由来について解説していきます。

1.毘沙門天:合格祈願、必勝祈願、出世祈願

毘沙門天
七福神の中で、唯一鎧甲冑を纏っており、ちょっと強面の神様が毘沙門天です。現在では、合格祈願や必勝祈願、出世祈願などのご利益がある闘いの神様として、人々に親しまれています。

起源は古代インド、仏教の護法神

元をたどると毘沙門天は古代インドの神様で、多聞(なんでも聞ける)という意味の「ヴァイシュラヴァナ」の名で呼ばれていました。多聞という事から「多聞天」という名前が当てられ、多聞天という言葉を音写した時に現在の毘沙門天という字になったそうです。

毘沙門天はインドで仏教に取り込まれるようになり、四天王の一員として仏教の護法神となりました。古代インドで「世界の中心」とされた須弥山という場所の北側を守護したと言われています。

上杉謙信や武田信玄も好んで崇拝した武芸の神に

日本での毘沙門天信仰の起源は、平安時代、聖徳太子の時まで遡ります。

今から1400年ほども前の、物部守屋を討たんとした聖徳太子は、現在の奈良県にあったある山に立ち寄りました。物部守屋といえば、当時の廃仏派として、尊仏派の蘇我馬子と対立していた人物です。そんな時、この山で聖徳太子は毘沙門天と出会い、勝利の秘法を授かったと言われています。

その後、聖徳太子は、自ら毘沙門天の像を彫り伽藍を建立。その山は、信ずべし貴ぶべし山、「信貴山」という名前が与えられました。現在でも、信貴山には朝護孫子寺というお寺があり、毘沙門天信仰の聖地となっています。

この朝護孫子寺の他にも、京都の鞍馬寺も毘沙門天信仰の聖地として有名です。鞍馬寺も平安時代に建立された歴史のあるお寺で、当時の蝦夷、現在で言う東北からの侵攻から都を守るために建てられたものとされています。

因みに、当時の蝦夷征伐に深く関わった、征夷大将軍の坂上田村麻呂の功績は、毘沙門天のご加護があったからこそなし得たものだと言われています。そして、田村麻呂は毘沙門天の化身と言われ、現在でも武芸の神として親しまれています。上杉謙信とその宿敵武田信玄も、毘沙門天を崇拝していたは有名な話です。

中世には福徳を授ける神としても崇められるように

闘いの神様である毘沙門天が七福神として民衆の信仰を集めた所以は、毘沙門天が持っている宝具に注目すると分かります。毘沙門天の持つ仏具には、仏敵を打つための棍棒「宝棒」と、仏法の力の源泉とされた「宝塔」があります。

この宝塔が、中世に「なんでも思う通りに願いを叶えられる道具」として解釈されるようになったため、毘沙門天は、民衆たちに福徳を授ける神としても崇められるようになったようです。

室町中期頃の日記「蔭涼軒日録」を見ると、「縁日の鞍馬寺には2万人もの民衆が毘沙門天詣にやってきた」と記されているほか、「参拝者には毘沙門天の像が配られ、皆家々に祀っていた」とあり、その時には既に毘沙門天信仰が民衆の間に浸透していた事が伺えます。

2. 大黒天:金運、資産増加、恋愛成就、夫婦和合

大黒天
大黒天と言えば、振るだけでお金やお宝が出てくると言われている打ち出の小槌を持って、七宝をふんだんに詰め込んだ大きな袋を背負う姿を想像される方が多いでしょう。しかも、その顔は満面の笑み。いかにもご利益がありそうな出で立ちですよね。

金運、資産の増加といったご利益があると言われていますが、その他に恋愛成就、夫婦和合といったものもあります。現在は金運を司る神として崇められていますが、大黒天の由来を紐解くと、まったく異なる顔を持っていた事が分かってきました。

古代インドでは鬼の形相をしていた、破壊と生産を司る神

元々大黒天はインドの神様で、名前を「マカカラ(摩訶迦羅)」と言いました。全てを破壊し、同時に救う、破壊と生産を司る神様でした。もちろん財福、つまり金運というご利益も変わらずあったようです。

しかし、その見た目は、一身に3つの顔を持ち、腕が6本もあるという非常に力強いものでした。そして、顔は笑っておらず、憤怒の形相をしていました。見た目もさる事ながら、「マカカラに祈れば、あらゆるものが思い通りになるが、自らを危険に晒す事となる」という、ちょっと危険な神様だったので、あまり造像されたり、祀られる事はない、目立たない神様だったと言われています。

日本における大黒天の信仰は比叡山延暦寺が源流

初めて日本に伝えられたのは、平安初期でした。その当時、現在の中国である唐から天台宗の僧がやってきてから大黒天の信仰が始まったとされています。天台宗といえば、比叡山の延暦寺ですね。大黒天の信仰は比叡山延暦寺が源流だったのです。

大黒天は延暦寺の食堂に厨房の神様として祀られていたそうです。左手には宝棒、右手に金嚢をもち、鎧を着ていたと言われています。鎧によって外からの災いを避けるとともに、金嚢と棒状の臼によって、お坊さんたちの食と財産を賄う守護神としての役割がありました。

神仏習合を経てニコニコした大黒天の顔に

平安後期になってやっと現在のような、和装の大黒天になりましたが、眉をひそめた怖い顔はそのままでした。

ここから神仏習合が始まって、大黒天と先ほど出てきた大国主命が共に読みが似ている事、大黒天が富をもたらすのに対して、大国主命が国造りの祖で五穀豊穣をもたらす事など、共通する部分があった事から同一視されるようになります。

そして中世になると、大黒天信仰が民衆に浸透して、現在のようなニコニコした大黒天の顔が一般的になったのです。

3.弁財天:弁舌、学問、子宝

弁財天
弁天様とも呼ばれる弁財天は、琵琶を持った女神として描かれる事が多く、七福神の中で唯一女性の神様です。ご利益は、弁舌や学問、子宝などがあります。

ルーツは古代インド神話に登場する川の女神

弁財天のルーツは、古代インド神話に登場する三大女神の一人、川の女神「サラスヴァティー」にまで遡ります。川のおかげで作物が実り、富をもたらすという事から、豊穣や子宝、財宝の女神として崇められるようになったそうです。

また、川の流れが音楽と結び付けられ、音楽の神、音楽が学問や弁舌に通じているために弁舌の神として変化したと言われています。しかしこれまでと同様、サラスヴァティーは川の女神としてそのまま単純に日本に伝わったわけではありませんでした。

日本の海の女神と融合したという説

弁財天は川の女神であるため、弁財天を祀る寺社は水辺にある事が多いです。
例えば、滋賀県の琵琶湖に浮かぶ竹生島宝厳寺や、神奈川県の江ノ島神社、広島の厳島神社などがそうです。これらは日本三大弁天と呼ばれています。しかし、川の女神を祀っているにもかかわらず後ろ2つは海辺の寺社となっています。

こういった矛盾から、海の弁天とも呼ばれる日本の女神「市杵島姫命」と弁財天が同一視されたのではないかという説もあります。市杵島姫命は宗像大社の三大女神の一人として数えられており、子守の神様としても知られる神。弁財天と役割が似ている事もあって、同一視されるようになったのでしょう。

4.恵比寿:商売繁盛

恵比寿
恵比寿と言えば、頭に烏帽子を載せて、釣り竿と鯛を担いでいる七福神。商売繁盛のご利益がある事で有名ですね。しかし、その出で立ちからも想像できるように、元々は海運・漁業の守護神だったと言われています。

外界から幸福をもたらすと言われる日本の客人神

恵比寿のルーツについては、諸説ありますが、中でも日本の神話に登場するイザナギ・イザナミ神々の間に生まれた子供であるという説が有力なものの一つです。

生まれた時は蛭子(ヒルコ)という名前でした。しかし、蛭子は3歳になっても歩く事ができず生育が悪かったため、葦船に入れられて海に流され、捨てられてしまいました。

その後、蛭子は現在の兵庫県にあたる摂津国の西浦海岸に漂着し、漁師に拾われ、育てられ、戎(えびす)三郎と呼ばれるようになったそうです。その後、戎三郎大明神として崇められるようになったのだとか。

こうした話が、「海の向こうの外界から福をもたらす神がやってくる」という信仰に変わったのだと言われています。実際にある漁村では、海に流れ着いたイルカやクジラの死骸などを、エビスと呼んで、大漁をもたらすとして崇められていたそうです。

有力な説は他にもありますが、どれも共通する事は、恵比寿は神の世界という外界から、こちらの世界にやってきて、ご利益をもたらす客人神であったという事でしょう。

5.布袋尊:福運、人格円満

布袋尊
大きなお腹を出して、大きな笑いを浮かべているのは布袋尊です。肩に担いでいる大きな袋は布袋尊と呼ばれる所以になったと同時に「堪忍袋」そのものであったと言われています。そのおおらかでゆったりした外見の通り、福運や人格円満などのご利益があります。

中世中国で実在したとされる禅僧

布袋尊の本当の名前は「釈契此(しゃくかいし)」といって、中国の後梁時代(906〜921)の頃の禅僧でした。しかし、僧侶と言っても寺に住む事はなく、中国各地を歩き回っていたと言われています。そして、たとえ肉や魚など禁止されたものでさえも施されたものは、その大きな袋に入れて持ち歩いていたそうです。

さらに布袋尊には、人の吉凶を言い当てる、屋根のないところで野宿すると決して雨がふらなかったなど、様々な逸話が残されています。そのため、死後には、未来の預言者として知られる弥勒菩薩の化身として崇められる事になりました。

しかし、亡くなって、埋葬された後も、別の場所で布袋尊の姿を見かけたという話も残っており、一旦死んでしまったものの、再び蘇り仙人になったとも伝えられています。

七福神の一人になった経緯は不明

なぜ布袋尊が七福神の一人として数えられるようになったかは明らかになってはいません。しかし、鎌倉時代には禅画の題材として広く描かれた事から、寺を持たない遊行の僧であった布袋尊に「とらわれのなさ」という禅僧の極地を見たのかもしれません。
また、穏やかなで寛容な見た目と福を呼び込みそうな笑顔に心癒された人々がいたのでしょうね。

6.寿老人:長寿、延命、身体健全

寿老人
頭巾を被り、杖の先に巻物を結びつけているのが寿老人です。隣に描かれている事の多い鹿は1500才と超高齢で、長寿の象徴とされています。この事からも分かるように、寿老人には長寿や延命、身体健全などのご利益があると言われています。

鹿の代わりに、同じく長寿の象徴である桃の実や扇を持った姿で描かれる事もあります。

古代中国で吉事の予兆とされた南極星(カノープス)の化身

寿老人は南極星(カノープス)という星の化身であるとされています。私たちの住んでいる北半球では地上スレスレに現れる星なので、なかなかお目にかかる事は出来ません。

古代中国では星を見て吉兆を占っており、この南極星は吉事の予兆とされていました。青く光っている星を若星と呼んだのに対して、この南極星は光が赤かったため南極老人星と呼ばれており、これが転じて寿命を司る寿老人が誕生したと考えられています。

7.福禄寿:幸福、財運、長寿

福禄寿
頭部が異常に長く描かれている老人が福禄寿です。よく、先ほどの寿老人と混同されてしまう事が多いのですが、こちらも星の化身であるという説があるので、無理はありません。こちらは、鶴や亀を伴って杖を持った姿が描かれる事が多いです。

福禄寿はその名前の通り、「福」は幸福を、「禄」は財福、「寿」は長寿を意味し、この3つを司る神様として崇められています。

ルーツは中国で何千年もの時を生きたと言われる長寿の老人

福禄寿の起源は、中国北宋時代に占いをして街を彷徨っていた老人であったと考えられています。容姿は、言い伝えられている通り、背丈ほどの長い頭をしていたそうです。その老人は、大層な大酒飲みで、占いで稼いだお金は、お酒につぎ込んでは「私は長寿を与える聖人である」と言っていました。

それが評判となって、ある時、皇帝が興味を持って、老人を呼び出しました。皇帝が年齢を問うと、老人は「黄河の濁りが消えるのを何回が見た事がある」と答えます。言い伝えでは、黄河は千年に一度、濁りが消えて澄みきると言われていたので、皇帝は大変驚いたそうです。その瞬間、その老人は姿を消しました。

一説では、それほどの長寿であった事から老人星の化身だったと言われています。このあたりは、寿老人と重なる部分があり、定かではありません。

まとめ


七福神として日本で親しまれている神々ですが、日本由来の神様がほとんどいないというのは、意外な点でしたね。七福神はそれぞれ異なる役割を担っており、さまざまなご利益があります。ぜひご自分が今一番求める運気を上げられる七福神を探して、お祈りをしてみて下さいね。

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