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【仏教講座】極楽浄土とは?その意味や概念を丁寧に解説します。

極楽浄土

こんにちは、管理人の凛です。

仏教は日本人にとって身近な宗教ですが、その教えまで詳しく知っている人は少ないでしょう。地獄や極楽についても、何となく「悪い人が地獄で良い人は極楽(天国)」と思っているだけの方が大半だと思います。

極楽(天国)というと、お花畑が広がっていたり天使が空を飛んでいたりするイメージがありますが、実は仏教における極楽浄土の世界は少し異なっています。

ここでは、仏教における極楽浄土の意味や概念について詳しく解説し、死後の世界がどうなっているかについて考えていきます。興味のある方は、是非、最後まで読んでみて下さい。

目次

極楽浄土の意味は「阿弥陀如来が住む、幸福に満ち溢れた煩悩や穢れのない世界」

極楽浄土

極楽浄土という言葉は、「極楽」と「浄土」それぞれの言葉の意味から考えると、「阿弥陀如来が住む、幸福に満ち溢れた煩悩や穢れのない世界」という意味になります。

極楽とは幸福で満ち溢れている所の事

極楽は、サンスクリット語の「スカーヴァティー」が語源となっています。そのまま訳すと「幸福で満ち溢れた場所」という意味になり、私達がイメージしている極楽に近い事が分かります。

仏教の経典などでは、サンスクリット語のスカーヴァティーに当て字をして須呵摩提(しゅかまだい)、蘇珂嚩帝(そかばってい)、須摩提(しゅまだい)と表現される事もあります。

極楽に関しては様々な解釈がありますが、一般的に仏教における極楽とは、悟りを開いた仏様が住む場所であり、修行をする所です。一般の人間が死を迎えて天国に行く場合は、阿弥陀如来がいる極楽ではないと考えられています。

浄土とは悟りを開いた仏様が住む為の清浄な国土の事

浄土というのは、「清浄国土」の略で「清浄なる国土の事」というのが辞書的な意味です。

浄土の特徴は、地球にあるような煩悩やけがれが一切ないという事です。また、地球を含めて、一般の煩悩がある人が住んでいる国土の事を穢土(えど)と言います。穢土は、大便という意味もある言葉なので、全く異なる世界だと考えられている事が分かります。

なお、浄土は1つしかないわけではありません。薬師如来が住む浄瑠璃浄土や大日如来の密厳浄土、お釈迦様がいる霊山浄土、観世音菩薩が住む補陀落浄土というものもあります。

阿弥陀如来の西方極楽浄土は果てしなく遠い所に位置する

阿弥陀如来が住む極楽浄土の場所を理解するには、「仏土(ぶつど)」という言葉を知る必要があります。仏土というのは、「仏様が治めている国土(浄土)」の事です。どの位の距離や面積なのかというと、ある数学者は、1仏土を「1万光年」と仮定した事があります。

阿弥陀如来の極楽浄土は、「西方十億万仏土」と言われているので、1億年の10億倍の年数がかかる距離にあるようです。

極楽浄土の方角については、「西方(さいほう)」にあると言われています。西を向いて拝む位置にお墓や仏壇を設置したり、人が無くなった時に「西枕」にしてご遺体を寝かせるなどの習慣があるのは、西に阿弥陀如来の極楽浄土があるからです。

幸福に満ち溢れた極楽の世界を紹介

愛媛県宇和島 七宝の池

極楽は、幸福で満ち溢れている所だと言われていますが、より極楽をイメージしていただくためにその世界をご紹介していきたいと思います。

極楽の世界は豪華で快適!

極楽の世界の様子は、『仏説阿弥陀経』というお経に詳しく説明がされています。

まず、極楽は、非常に広々とした世界でどの方角に行っても限界というものがありません。気候は、暑くも寒くもなく、住み心地の良さを感じるそうです。そして、地上や地下という概念があり、数多くの豪華に装飾された仏像などが置かれています。

また、そこに住む人の着る物や食べる物は、念じたものが好きなだけ手に入ります。水や鳥、樹木の音が地球と同じように聞こえますが、まるで優れたお経を聞くかのような心地良さを感じるそうです。

極楽には、一切の苦しみがありません。楽しい事や快適な事しかない世界です。

極楽には女性がおらず子供の命は蓮華に宿る

「浄土三部経」や「仏説阿弥陀経」に極楽の解説がありますが、これによると極楽には、天女(アプサラス)はいますが、女性が生まれる事はないそうです。

また、女性がいないため極楽浄土で性交が行われる事はなく、子供が生まれる時は蓮華に命が宿ると言われています。

あくまでもこれは、紀元前1000年~紀元前500年頃に編纂されたインドの宗教文書が起源になります。昔の人が想像して書き残したものに過ぎないため、実際に真偽の程は分かりませんが、少なくとも恋愛絡みのドロドロとした感情とは無縁の平和なイメージが伝わるでしょう。

極楽には金が敷き詰められた七宝の池が複数存在する

阿弥陀経というお経には、極楽には「七宝(しっぽう)の池」が存在すると記載されています。

七宝の池の特徴は、以下のような8つの性質を持つ優れた水「八功徳水(はっくどくすい)」を有する事です。

  • 甘い
  • 冷たい
  • 軟らかい
  • 軽い
  • 臭いがしない
  • 喉を傷める事がない
  • お腹が痛くならない
  • 池の底に金が敷き詰められている

極楽には、このような特徴がある七宝の池がいくつも存在していると言われます。

計り知れない光と寿命を持つ阿弥陀如来が住んでいる

阿弥陀如来は、サンスクリット語で「アミターバ」あるいは「アミターユス」と名付けられています。アミターバは、計り知れない光を持つ者という意味で、アミターユスは計り知れない寿命がある者という意味になります。

浄土教では「仏説無量寿経」で「諸仏の光明及ぶこと能わざるところなり」とあり、阿弥陀如来は仏様の中でも最も優れた存在とされています。阿弥陀如来は、「仏様の中の仏様」といった存在である事が分かります。

なお、お経を読み上げる時に「なんまんだー」とか「なんまいだー」と言う事がありますが、これは「南無阿弥陀仏」が訛ったものです。南無は、「信じます」とか「帰依します」という意味なので、「阿弥陀如来を信じますよ」と言っている事になります。

清浄な心が作る仏様の国土・浄土の概念を紹介

阿弥陀如来

次に浄土の概念を紐解いていきましょう。

浄土は住む人の心が作っている

「維摩経(ゆいまぎょう)」というお経には、浄土について「その心浄きに随って、すなわち仏土浄し」と書かれています。これは、浄土が清浄であるのは、そこの住人の心が清浄であるからという意味です。

つまり、地球のような清浄ではない場所は、そこに住む人の中に心が不浄である人がいるからという事です。

すでに清浄な仏土があって、そこに阿弥陀如来などがいるのではなく、心が清浄な阿弥陀如来などしかいないから仏土が浄土になるという説明です。

この考えによると、浄土は絶対的なものとして存在していたのではなく、仏様などの心が生み出したものという事になります。

浄土は3種類存在する

浄土と言っても、必ずしも私達が死後に行くかもしれない場所だけではありません。三浄土説という考えがあり、浄土は「来世浄土」、「浄仏国土(じょうぶっこくど)」、「常寂光土(じょうじゃっこうど)」の3つに分ける事ができます。

来世浄土 一般的にイメージされるような、死んだ後に赴く浄土の事です。
浄仏国土 現実世界の中で浄土化された特定の場所を指します。仏や菩薩の本願を建てる事で行われます。
常寂光土 仏陀の悟りの真理がそのまま具現化した夢のような世界の事を指します。阿弥陀如来の極楽浄土もこれに含まれます。

浄土に行けるかどうかについては宗派により考え方が異なる

これまでの解説を見て、浄土に行ってみたいと思った人もいるかもしれませんが、仏教の宗派によってどんな人が浄土に行けるのかの考え方は異なっています。

浄土宗 浄土は誰でも行けるという教えを説いています。
真言宗・天台宗 修行によって努力した人が行けると考えています。
禅宗 浄土は「自分の心の中にある」「心の持ちよう」だとしています。

浄土については、あるとか無いとか考えるべきものではなく、精神の世界(死後の世界)を考える為の概念だという見方もできるでしょう。

仏教における死後の世界の捉え方

葬式

極楽浄土について説明してきましたが、仏教では、死後の世界や人間の生まれ変わりについても教えてくれています。

ここでは仏教における死後の世界の捉え方全般をご紹介します。

お釈迦様の死後の世界についての考えは「縁起」で表現されている

今から約2600年前にお釈迦様が菩提樹の下で悟りを開き、仏教というものが生まれます。お釈迦様は、悟りを開いた後、10人のお弟子さんと共に悟りを伝えていました。そんな中、あるお弟子さんがお釈迦さまに「死後の世界はどうなってますか?」と尋ねたという記述が残っていて、回答が「無記」となっています。

無記というのは、答えなかったという意味です。今の言葉で言うと「さあ?知らない」といった感じです。つまり、お釈迦様は、死後の世界については、考える必要はないと説明したという事です。

死後に関してお釈迦様が悟った内容は、「縁起」という言葉で表現されています。絶対的な仏様は、存在しないか、あるいは、存在するなら全ての存在が仏さまであるというのが縁起の思想です。

上座部仏教における死後の世界観は「僅かな人だけ成仏できる」

お釈迦様が亡くなってから間もなくの初期の仏教の事を「上座部仏教」と言います。上座部仏教の事を「小乗仏教」と表現される事もありますが、「小さな乗り物」の仏教という意味です。

上座部仏教における死後の考えを分かり易く言うと、「仏教の信者のうちごく僅かの人だけが成仏できる」です。残りの大半の人は、「輪廻の世界を彷徨う」と表現されるように生まれ変わりを繰り返す事になります。

生まれ変わりを繰り返している事は、90年代の欧米の実験(退行催眠の実験)で過去世の記憶を人が持っている事の確認で証明されています。輪廻の世界を彷徨っているのかは分かりませんが、何度も生まれ変わっているのは事実のようです。

死後の世界については、お釈迦さまと同じように「分からない」と説明されている事が多くなります。

大乗仏教における死後の世界観は「信仰心のある人なら誰でも成仏できる」

大乗仏教というのは、初期の仏教から後の仏教の事です。大乗(大きな乗り物)とあるように、「信仰心のある人なら、もれなく成仏できますよ」というのが基本的な教えです。

ただし、「お経(マントラ)を唱えたら」とか「何もしなくても」など、成仏できる条件については、若干の違いがあります。

例えば、悪人正機説で有名な親鸞聖人は、「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」と歎異抄で説明するように、善人(自分は良い人だと思っている人)でも悪人(自分はまだまだ至らない人間だと思っている人)でも往生できると言っています。ここで言う往生というのは「仏になる」という意味であり、人は死んだらもれなく極楽に行けるという教えを指します。

ただし、死んだ後に極楽浄土に行ったかどうかは確認しようがありませんので、衆人の心を落ち着かせる為の教えなのかもしれません。

主な大乗仏教とその経典

日本における仏教の宗派はほとんどが大乗仏教に分類されます。

そのうちの主な宗派と経典は以下の通りです。

宗派 経典
天台宗 法華経
浄土宗 浄土三部経(仏説無量寿経 / 仏説観無量寿経 / 仏説阿弥陀経)
浄土真宗 浄土三部経(仏説無量寿経 / 仏説観無量寿経 / 仏説阿弥陀経)
融通念仏宗 華厳経 / 法華経
時宗 阿弥陀経
日蓮宗 妙法蓮華経 /法華経

お経と聞くと、故人を成仏させるものと捉えがちですが、それだけでなく、今生きている人が、道に迷わず進む方法、さらには極楽浄土へ向かうため方法も説いています。

極楽浄土に行く為には現世で仏の教えに触れる必要がある

極楽浄土に行けるのは、仏の教えを守る事です。仏教では、私達が住む世界の他に、以下の5つの世界があると説かれています。

  • 天道
  • 阿修羅道
  • 畜生道
  • 餓鬼道
  • 地獄道

人が生きるこの世界は、人間道として、天道と阿修羅道の間に位置します。

人間道を含む6つの世界を六道と呼びますが、そのうち仏の教えを聞けるのは人間道だけと言われています。

自分なりに死後の世界を考える事は人生をより楽しむ事に繋がる

死後の世界に天国があるのかは、現在でも分かっていません。しかし、死後の世界について考える事は、精神だけになった自分、心だけが残った自分について考える事でもあるので、自分なりの考えを持つ事は良い事です。

死後の世界を否定して、今の人生を自分の事しか考えずに生きるよりも、死後の世界も生まれ変わりも肯定して、より魅力的な自分に成長していく事を考える方が楽しくてワクワクすると思います。

皆さんも一度、「自分が死んだらどうなるのか?」と考えてみるのがおすすめです。

まとめ

極楽浄土は、私達がイメージする天国とは違います。一般的には、阿弥陀如来が住む世界、修行の為の世界だと考えられています。

しかし、死後私達が成仏してから行ける世界については、自由にイメージできます。毎日をできるだけ楽しく過ごすようにして、できるだけ多くの親切を人に与え続ける事が重要でしょう。

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