なぜ霊柩車の前では親指を隠す?その理由と意味や由来のある地域
こんにちは、管理人の凛です。
みなさんは「霊柩車を見たら親指を隠す」という迷信を聞いたことがありませんか?
現代では金箔や漆塗りの派手な装飾が施されたいわゆる宮型の霊柩車が減り、もはやその外観は普通の黒い乗用車と変わらなくなっているため、この迷信も廃れてきているかもしれません。
ですが、霊柩車の迷信は日本において、非常に古くから言い伝えられてきたもの。霊柩車の見た目が変わったとしても、そこに宿った言霊の力は軽視できません。
今回は、霊柩車の前で親指を隠す理由と意味や由来のある地域をお教えします。
霊柩車の前で親指を隠す理由として2つの説がある
霊柩車の前で親指を隠す理由には、地域や時代の差によって異なる謂れがあります。代表的なのは、以下の2つではないでしょうか。
親の死に目に会えない説
霊柩車を見たら、通り過ぎてみえなくなるまで親指を隠さないと「親の死に目に会えなくなる」という説があります。私が子供の頃に初めて聞いたのもこのパターンでした。子供ながらに、なんとなく信じてしまう不思議な説得力を感じられる迷信ですね。
親が早死にする説
もう一つは「親や親族が早死にする」というもの。上のものに比べてこちらは一見かなり極端で、身も蓋もないように感じられる説です。世の中には迷信の類をまったく信じないという人も多いですが、これではさすがに信じられなくても無理はありません。
しかし、このような迷信が生まれる背景には、案外馬鹿にできない由緒があるのです。
親指を隠す所作のルーツは中国
一部口コミサイトには、「霊柩車を見た時に親指を隠す」という迷信のルーツが中国にあるのではと思わせる投稿があります。それは中国から生まれたという「叉手(さしゅ)」と呼ばれる作法。
「叉手」は日本に伝来すると、一部の仏教における合掌に次ぐ礼法として転化。左手の親指を内に隠して握り、右手でそれを覆うような動作で仏への礼を表します。
この「叉手」が、神や死に畏敬の念を抱く、日本独自の「穢れ(けがれ)」思想と結びつき、「霊柩車の前では親指を隠さなければならない」という迷信が生まれたのではと考えられます。
迷信における霊柩車は「死」の換喩
霊柩車は言わずもがな「死」を連想させます。
死とは単に生物学的な現象であるにとどまらず、とりわけ宗教学や文学において、より幅広い含みを持つ言葉です。
神道において死は「穢れ」と見なされます。穢れとは物理的な汚れのことではなく、より精神的な不浄状態のこと。これに触れると神様はその力をなくしてしまうと言われており、お祓いなどは穢れを払うための代表的な行いです。
また、忌中には神社参拝を控えるという文化は現代人にとっても馴染み深いでしょう。これも神が穢れに触れないための決まりなのです。
忌中とは、故人の御霊(みたま)を鎮めるための期間として定められているもの。反対にいえば、死んで間もないうちはまだ遺体に魂が宿っているとされ、故人の身近な人間は鳥居をくぐるのを控えるべきものと考えられています。
死者に近接している霊柩車も同様の考え方で、穢れを連想させるために迷信において避けるべき対象として扱われるのです。
親指は穢れが入ってくる場所
一方、親指は外部からの悪い気が爪の間を通って体内に侵入してくるところだと考えられています。霊柩車を見たときに親指を隠すのは、穢れ=死者の霊=悪い気の侵入を防ぐため、というわけです。
他にも、よりマイナーな迷信に「狐に化かされないために夜道を歩くときには親指を隠せ」というものがあります。ここでも親指を隠すという行為が同様の意味合いを持っていることがわかるでしょう。
親指を隠す風習の由来は江戸時代に遡る
忌避すべきものの前で親指を隠すという行為は江戸時代にはあったことが確認できています。親の不幸に結び付けられた説は明治以降が有力で、霊柩車が組み合わされたのは大正から昭和、というふうに段階的に今の迷信が完成していったと考えられます。
親指を隠す風習は江戸時代からあった
霊柩車が導入された大正から昭和以前には、葬列を見たら親指を隠すという風習がありました。
「死」と「親指を隠す風習」を結びつけるものとして、確認できる最も古い起源は江戸時代。国学者の小山田与清(おやまだ・ともきよ)が著した『松屋筆記』という随筆にあります。この本は同時代の見聞や諸説を集めた、言わば雑学本。
その本の中に「親指の爪と肉の間は特別な場所で、左手は魂門(こんもん)、右手は魄戸(はくこ)と呼ばれる。この場所から人の魂魄(こんぱく)が出入りする。だから畏怖の時にはこの場所を他の指で握り隠す」という内容の記述が見られます。
「魂」も「魄」も言わば人の霊気のこと。ここでは死という語が直接出てきてはいませんが、畏怖の対象として、死とはその最たるものでしょう。
そこから、死を直接的に連想させる葬列というモチーフが選ばれ、葬列を見たら親指を隠すという風習が生まれました。そして霊柩車の普及につれて、親指を隠す行為のファクターも霊柩車へと推移していったものと思われます。
親の不幸説は親指という語からの連想
この段階では、あくまで穢れの侵入から自分を守るという意味合いしかなく、親の死にまつわるニュアンスを読み取ることはできません。
親というモチーフが生まれてきたのは、親指という語から親、親族というふうに連想されたからで、それが「畏怖を感じたときに親指を隠す」という習わしと組み合わされていったと考えられます。
なお、第一指を「親指」という言い方で呼ぶのは江戸時代に初めて見られ、定着したのは明治時代以降になってからと言われています。
したがって、第一指を隠す行為が親の不幸という意味と結び付けられたのは明治時代以降との説が有力です。
死を畏怖する気持ちは現代人にも共通のもの
冒頭で宮型霊柩車が減少していると触れましたが、宮型霊柩車の減少の一因には「火葬場による近隣住民への配慮」があります。
ひと目で葬式を連想させる派手な霊柩車が自宅付近を頻繁に走っていることは不吉であるため、火葬場の近くに住む住民にそう思われないよう、配慮している、ということです。自治体によっては規制しているところもあるそうです。
ここから分かるのは、死を畏怖する気持ちは現代でも変わらないということ。
派手な霊柩車がなくなって、親指を隠すという所作こそ廃れるかもしれませんが、もともとの迷信を生むきっかけとなった気持ちは常に人々の心に根付いているのです。
まとめ
今回は霊柩車の前で親指を隠す理由、意味、由来を紹介しました。
中国から伝来した所作「叉手」が、親指は人の魂が出入りする場所だと考えられ、そこを塞ぐことで悪い気の侵入を防ぐという穢れ思想と融合して生まれたのが、この迷信の根幹です。
霊柩車は、死を連想させることから忌避すべき対象だと捉えられています。
時代や地域差によってどう伝わっているかには違いがありますが、背景には全人間共通の感覚があるのかもしれませんね。